5日目【昔はどんな子どもだったか】#1

 

親にいつも言われるのは

とにかく落ち着きのない子どもだったと。

 

 

目を離すとどこかに行くのだが

目をつけててもどこかに行くらしい。

磁力が強すぎるのか

気になるものに一直線に吸い寄せられていく。

 

 

お母さんの近くにいないと不安ということは一切なく

迷子になっても気にしない。

こんな私なので

3つ離れた弟は振り回されて大変だっただろう。

弟を引き連れて迷子になったこともしばしば。。。

 

 

弟がめちゃくちゃしょげてる姿が

なんとなく記憶の中にある。

 

 

 

お誕生日の月に

叔母さんに毎年連れて行ってもらっていた

デパートでもよくやらかしていた。

 

 

 

あるとき4歳くらいのときか

デパートで私を見失った母。

エスカレーターにも乗れる年齢なので

違う階への逃走(おい)も可能。

「おわった」と母は絶望したという。

必死に探した結果

私はおもちゃコーナーでゲームをしていたという。

 

 

「あーよかった。何事もなくて」

そう安堵している母を見て

近くにいたおばさまが

「ずーっと楽しそうに遊んでましたよ」

と声をかけてくれたそうだ。

 

 

 

そうか、楽しそうに。。。。

不安というものはなかったのか。

私の存在とはいったい。。。

 

 

 

と母は落ち込んだと話してくれた。

 

 

 

 

自分でも覚えている話だと

スーパーのレジスターに興味津々だった私。

「あんなにいっぱいボタンがある。

お店の人はいつもパチパチ押してておもしろそう

あれに触ってみたい!!!!」

多分、母が会計をしているときに

チャンス!と思って

店員さんがいないレジスターに手を伸ばして押してみた。

 

 

 

すると

防犯機能がついていたのが

けたたましい音が鳴った。

びびった私は逃走。。。

 

 

 

母に怒られた・・・・のかな?

怒られたところは覚えてないな。

いや、怒られたはず。

嫌なことはすっぱり忘れられるらしい。

ということは

罪悪感や反省の色みたいなのは全くなかったんだろうな。

 

 

 

そういう衝動的な子どもだったと記憶している。

 

 

 

 

あとは夢いっぱいの妄想癖で

友だちとも遊ぶのだが

ひとりで妄想の世界に入ることも好きだった。

 

 

 

木登りが好きだったので

幼稚園の園庭にあった登ってもいい木に一人で登って

その上にひとりおうちごっこをしていた。

 

 

あとは着せ替え人形も好きで

紙で作った自作の人形ちゃんに

あらゆる服を作ってあげていた。

人形ちゃんはすごくお金持ちで

洋服を山のようにもっていて

すごく広い衣装室を持っていたのだ。

あーなつかしい。

 

 

小学生のときは

ベランダから長い滑り台があって

それで学校までいけたらいいのになと思っていた。

いや、いっそのこと

道路をやめて全部滑り台にしてしまってはどうだろうか。

楽しいし気持ちいし最高じゃないか!!

と目を輝かせていたことも覚えている。

その勢いでベランダから落っこちなくてよかったよ。

 

 

 

そんな子どもでしたね。

自分が保育士として当時の私に出会っていたら

とても扱いづらい子どもだったと思います。

落ち着きがないってところでもうやだw

そしてひとりで妄想の世界に入るってことは

協調性が微妙ということ・・・

うん。当時の先生に感謝したいです。

幼稚園が嫌だった記憶は一切ないので

先生がよくしてくれたんだと思います。

 

 

 

子どもの時の好奇心を

今、呼び覚ましたいである。